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2014/06/13

【ランチョンセミナー】第13話「帝国主義フランス」

Tweet ThisSend to Facebook | by:Web管理

みなさん、こんにちは。世界史ランチョンセミナーのお時間です。
今回は帝国主義フランスについて学んでいきましょう。
帝国主義フランス1870年代は普仏戦争に敗れたところから始まります。


▼今日は学習室も会議室も使えなかったのでSESでやりました。


第二帝政崩壊後も政権は安定せず、プロイセンとの講和を拒んだパリ=コミューンが労働者の政権を打ち立てます。これを鎮圧した第三共和国憲法が出されるですが国家体制はなかなか安定しません。そんなフランスが帝国主義的膨張に本格的になるのは1880年代からで、工業力は米独に劣るものの豊かな中産階級に支えられて「高利貸帝国主義」を展開していきます。フランスはビスマルク体制により孤立化を強いられていましたが、ドイツでヴィルヘルム2世が即位し親政をはじめるとフランス孤立化は解消され、露仏同盟・英仏協商を結んでいきます。特にロシアに対しては資本輸出を行いシベリア鉄道を建設させています。



国内状況はどうでしょうか?第三共和政成立当初は国家体制を揺るがす挑戦を受けることになります。それがブーランジェ事件とドレフュス事件です。前者は右派・保守勢力に支えられた元陸相のクーデター。後者はユダヤ人将校のスパイ容疑事件です。前者はともかくどうしてドレフュス事件が国家の存亡の危機となったのでしょうか?ドレフュスは冤罪だったのですが、軍部や保守勢力は過ちを認めず国家の安定と秩序を優先して軍の名誉を擁護します。一方で、知識人や共和派はゾラの「私は告発する」のように再審を要求するのでした。つまり、ドレフュス派か反ドレフュス派かの対立は「平和主義か軍国主義か」、「国際主義かナショナリズムか」の争いとなり、これに反ユダヤ主義、共和国、教会の対立も加わって政治体制が激しく動揺したのですね。

▼今日の板書ノートですよ!




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