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2014/05/07

【世界史Skill Up】ムガル帝国滅亡☆インドの植民地化

Tweet ThisSend to Facebook | by:Web管理

みなさん、こんにちは。世界史スキルアップ講座のお時間です。
大学受験を目指して世界史を選択する生徒たちを全力でサポート。
今回はアジア諸地域の動揺としてインドが植民地化される過程を追います。


▼ 8限終了でお疲れモード。この頑張りはいつかきっと糧になる!



18世紀までヨーロッパよりもアジアの方が優位的な存在でした。インドではムガル帝国が繁栄していましたが、なぜアジアは従属国に転じたのでしょうか。インドではアウラングゼーブ帝が最大領土を現出していながら、商品経済に介入しようとせず、またジズヤを復活させてしまい、帝国の分裂傾向を生み出していました。そこへ第二次英仏百年戦争が勃発し植民地獲得競争に巻き込まれていきます。勝者となったのはイギリスで、貿易会社から統治者へと変身した東インド会社により、既存のインド社会を破壊する政策が行われていきます。





こうしてキャラコの輸出国であったインドはイギリス産業革命で生産された工業綿製品を輸入する従属国に転落してしまうのです。幅広い階層に不満が蓄積されていき、セポイ(シパーヒー)の乱を契機にインド大反乱へと発展していきます。イギリスはこれを鎮圧し、ムガル帝国を滅ぼし、東インド会社を解散させ、直接統治へと乗り出していきます。保守党のディズレーリはロシアとの対抗上、インドにおけるイギリスの優位を示すため、ヴィクトリア女王にインド帝国の皇帝として即位させるのでした。




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