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2014/06/16

【ランチョンセミナー】第14話「フランス第三共和政の安定」

Tweet ThisSend to Facebook | by:Web管理

みなさん、こんにちは。世界史ランチョンセミナーの時間です。
今回扱うのは「フランス第三共和政の安定」。
フランス第三共和政はなかなか安定しませんでした。
第二帝政崩壊後は、臨時政府とパリ=コミューンの対立が起こります。
また保守的右派と急進的左派の対立も起こります。
秩序が不安定になっていたフランスがなぜ安定することができたのでしょうか?


▼ 今回の板書ノート!


【ここから解説です!】

前回はドレフュス事件を扱いました。ドレフュス派対反ドレフュス派の対立は平和主義か軍国主義か、国際主義かナショナリズムかの争いとなり、これに反ユダヤ主義や教会勢力の介入も相まって共和国の政治は激しく動揺したのですね。この危機を乗り越えた後は労働運動の問題が浮上してきます。この当時、サンディカリズムの動きが盛んになってきます。サンディカリズムとは闘争的な組合主義。議会主義を否定し、ゼネストを中心とした労働組合の直接行動による社会革命を行い、生産手段の共有化を実現しようとします。これにより共和国の反体制派が形成されていきます。しかし1905年にマルクス主義から改良主義まで含む社会主義諸派はフランス社会党に結集し、議会による社会主義の実現を目指すことになるのですね。こうして議会主義を否定するサンディカリズムは議会政治を支える一翼を担ったフランス社会党におさえられる形になったのです。また右派勢力を形成していた教会勢力は1905年の正教分離法により聖職者の政治活動が禁止されます。以上により第三共和政の動揺の原因となっていた左右両派の動きが解消され、政治的安定が実現しました。


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