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2014/08/10

【反転授業】インド国民会議派の展開過程

Tweet ThisSend to Facebook | by:Web管理

みなさん、こんにちは。反転授業です。
今回のモトネタは一橋2010大問Ⅲ問3。
親英組織であったインド国民会議は反英独立運動の主導的組織となっていきます。
国民会議派はどのような運動を展開していったのでしょうか?
答えは動画の中に!!




インド国民会議派はボンベイで1885年に設立された親英組織でした。しかしながらイギリスがインドで強圧的な政策を打ち出すごとに反英運動を展開していくことになります。ベンガル分割令・ローラット法・サイモン委員会問題・新インド統治法・第二次大戦・アトリー労働党政権に対して、インド国民会議派がどのような対応をとったかをきちんとおさえておくことが重要です。


<イギリスの政策と国民会議派の運動>
■ベンガル分割令(1905) ⇒ インド国民会議カルカッタ大会;四大綱領
■ローラット法(1919) ⇒ ガンジーの非暴力・不服従運動の展開
■サイモン委員会問題(1927) ⇒ インド国民会議ラホール大会;プールナ=スワラージ
■新インド統治法(1935) ⇒ 州政治の自治。国民会議派は州政治に乗り出す。
■第二次世界大戦(1939) ⇒ 「クイット=インディア」(インドを出ていけ運動)
■アトリー労働党政権(1945) ⇒ 国民会議派VSムスリム連盟 ⇒ 分離独立

 








 


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