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2014/08/23

【反転授業】ティムール朝の歴史

Tweet ThisSend to Facebook | by:Web管理

みなさん、こんにちは。反転授業世界史のお時間です。
今回は14世紀後半に誕生したティムール朝の歴史について解説していきます。
ティムールはどのようにして帝国を形成し、その帝国はなぜ滅亡したのでしょうか?
答えは動画の中に。





14世紀後半、チャガタイ=ハン国は東西に分裂し、西チャガタイ=ハン国からティムールが台頭します。1370年に帝国を形成すると、ティムールはチンギス=ハンの子孫を称してモンゴル帝国の再興を目指し四方へ遠征を行うのです。東チャガタイ=ハン国を滅ぼして中央アジアを統一し、イル=ハン国滅亡後のイランを併合。ロシアのキプチャク=ハン国に侵入し、北インドのトゥグルク朝を滅ぼしました。そしてオスマン帝国をアンカラの戦いで破りバヤジット1世を捕虜にしています。しかしティムールは明の遠征途上で病死してしまいました。3代目のシャー=ルフは帝国最盛期の現出し、明やオスマン帝国と親善関係を築きます。しかしながら4代のウルグ=ベクは学芸を愛好し天文学に秀でていたのですが暗殺されてしまい帝国は衰退に向かいます。最終的に帝国はウズベク族に滅ぼされたのでした。







14:18 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | 反転授業

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