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2014/08/11

【反転授業】「“カール大帝の帝国”成立の歴史的経緯」

Tweet ThisSend to Facebook | by:Web管理
みなさん、こんにちは。反転授業世界史のコーナーです。
今回はフランク王国の歴史です。
カール大帝の帝国が成立するには、イスラーム世界やビザンツ帝国との接触が必要でした。
諸地域世界の接触・交流によって新たな「西ヨーロッパ世界」が誕生する所がポイントです。
カール=マルテル、ピピン三世、カール大帝はどのような活躍をしたのでしょうか?
動画を見て確かめましょう!




イスラーム世界の膨張によりビザンツ帝国は圧迫されイベリア半島は支配下に入った。ビザンツ帝国は厳格な一神教のイスラームに対抗するため聖像禁止令を出すが、ローマ教皇はゲルマン布教に聖像を使用していたため反発が起こる。そこへイベリアから侵入したウマイヤ朝をカール=マルテルがトゥール=ポワティエ間の戦いで撃退する。ローマ教皇はフランク王国に新たな保護者を見出したのである。ピピン三世のクーデタによるカロリング朝の創設をローマ教皇は祝福し、ピピン三世もまたランゴバルト族からラヴェンナ地方を奪い、ローマ教皇に寄進するのであった。そしてカール大帝の時代。大帝は周辺の支配領域を拡大し、ビザンツ帝国に代わるローマ教皇の保護者としての立場を確立する。こうしてレオ3世はカール大帝に帝冠を授け、古典古代文化・キリスト教・ゲルマンが融合した西ヨーロッパ世界が誕生するのであった。









19:39 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0) | 反転授業

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